第57話 ネタバレ
私にも押し寄せる波のように恋をしていた頃があった。
小さな風にもくすぐられるように心が揺らめいて柔らかな日差しを浴び燦燦と輝いていた日々。私は眩い宝石でこの色がいつか褪せてしまうことなど知りようもなかった。
どうすればよかったのだろうか。すべてを捧げた私にはもう何も残ってはいなかった。
宝石のような私の娘よ恋をしてはならない。
どうかあなたはこの母のようにならないで。
幼いオハラが病に伏せる母の手を握る。
~過去ジェレミーの結婚式前日ハインリッヒ公爵家~
「この花は何?お母様の命日には白いヒヤシンスで統一するようにと言ったはずよ。どうして今回は違う花なのかしら?」
「申し訳ございませんお嬢様。昨晩、公爵様がこうするようにと仰られまして・・・」
「お父様が・・・?」
・・・・・・毎年のことなのに色も花の種類もめちゃくちゃ。恩着せがましい態度をとるくらいなら間違えなければいいのに。
「・・・一緒に昼食をとられないか訊いてちょうだい。珍しく家にいらっしゃるようだから」
オハラは使用人の気まずそうな様子を見て
「出掛けられたのね・・・どこへ行かれたの?」
「・・・申し訳ございませんが存じ上げません・・・」
分かりきっている。隠す気もなく堂々と付き合っているあの女のところだろう。
妻の命日に他の女のところへ足を運ぶなんてわずかな良心さえももう残ってはいないということかしら。家中を飾り立てるように命じられたのね。
ぞんざいに扱われていたお母様にお似合いの間に合わせの花で。
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「・・・・・・」
(息が詰まりそう)
「お嬢様、お客様がお見えです」
「お客様?あら、こんな時間からあなたに会えるなんて。いらっしゃいジェレミー」
ジェレミーがオハラの頬にキスをする。
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「もう明日だなんて時間が過ぎるのは早いですね。・・・この結婚、私たちが幼い頃家門同士で勝手に決められた約束ですが。いざ目前となると心が踊るのは仕方ありませんね」
「そうですか」
「——でも気にかかることがあるとすれば」
「?」
「これからもわたくしにそのような硬い口調を使われるのですか?昔のように気楽に接してくださってもよろしいのに」
「うっ、あの時の僕はただの野蛮な子供でしたから・・・からかうのはやめてください」
「ああ、何だか懐かしいですね。ジェレミーわたくしはずっと前からこの日のための準備ができていたのです。あなたは誰にも心を許さない人。私もまた数多の求愛を退けてあなたを選んだ理由も愛のためではありません」
「でも、だからこそ。わたくしはこの関係が完璧であり得ると思うのです」
「互いが互いの必要に合致していてそれぞれの義務さえ全うすれば、けっして壊れることのない感情の混じらないあなたとわたくしであるからこそ想像できる未来。
きっと美しく思い描く通りのものとなるでしょう」
「オハラ今日は1つお話したいことがあってここに来ました。結婚式が終わりすべての手続きが済めば僕はノイヴァンシュタイン侯爵となり、あなたはノイヴァンシュタイン侯爵夫人となる。
僕の義理の母はアグファの姓を取り戻しノイヴァンシュタイン所有の遠くにある別荘へ行くことになります。でも僕たち兄弟は・・・その中の誰よりも僕が最も」
「シュリーとの別れを少し遅らせたいと思っているのです」
「・・・どういうことでしょう?」
「まだ絡まったまま解けない結び目が残っています。幼く未熟だった僕たちのせいであまりにも複雑にもつれてしまった結び目。シュリーが残るからといってあなたの権利が脅かされることは何一つありません。
その点は僕が保証します。僕たちの望みはただもう少しだけ彼女が義理の母としてここに残っていてくれることなのです。どうかご理解いただけますよう」
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(まだ心臓が高鳴っているわ)
落ち着こう。とても納得できないような頼みではない。ただ仲の悪い家族だとばかり思っていたから少し驚いただけ。
(仇のように恨んでいる相手でも終わりが近づくと口惜しくなるもの。ジェレミーの言うとおり不安に思う必要はない)
・・・いや違うわ。ジェレミーは他人に執着しない。誰の愛も望まず誰を愛することもない人。そんな男だからこそこの結婚を確信したのだ。
でも彼女は彼女だけは特別。ジェレミーはまだ気付いていない。自身の脳裏に刻まれた彼女という存在がどれだけ大きいか。
ああ、もしも彼女がこのままずっとここに残り続けたら・・・万が一にでもジェレミーがそのすべてに気付いてしまったら
私はどうなってしまうの?危険だわ。私だけの城であるべきあの屋敷に
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「社交界で夫人がどのように思われているか、よくご存知ではありませんか」
あなたがいることは許されない。
「彼がお義母様を恨んでいるのは当然のことでしょう」
そう、これでいい。あなたは役目を終えたただの邪魔者なのよ
第57話 感想
今回は過去のオハラsideのストーリーでした。過去では結局仲違いする運命のようですね。